噂のあいつ 「サボり」


は結局、一晩中僕の家にいて自分の家には帰らなかった。

僕だって帰す気はまるっきりなくて、薄暗い部屋の中、ベッドに座って
僕にすがりついたまま眠るを抱きしめていた。

そういえば手塚はどうしているだろうか。
うっかり連絡をするのを忘れたもんだから、もしかしたら今頃従兄弟の家に行っても音沙汰がないことに首をかしげているかもしれない。

でも、今は放っておこう。

手塚には悪いけど、今連絡したりなんかしたら手塚のことだ、自分の身内は自分が引き取るとか何とか言って
を連れて行ってしまうに違いない。

そんなのは却下だ。

「う…」

身じろぎするを僕は抱えなおした。

「周助…」
…」
「ムニャニャ。」

眠るは一体何の夢を見ているのか。

愛らしい寝顔は今は安らかで、僕はそれに少し安堵を覚える。

…ゆっくり眠ればいい。
朝には、きっと少しはすっきりしているだろうから。



次の日、僕は体に圧迫感を覚えて目を覚ました。

「あ…」

一瞬、何があったのか思い出せなかったけど、腕の中にいるを見てすぐに前の日のことが蘇る。

どうやら昨日を抱っこしてそのまま一緒に眠ってしまったようだ。

そういえば、窓から差し込む光が馬鹿に明るいけど今は何時だろう。

僕は枕元に置きっ放しにしていた携帯電話を取り上げて、液晶画面を覗いた。

「もう、10時過ぎか…寝過ぎちゃったな。」

今から学校に行っても完全に遅刻だし…どうしよう。
何だか行くのが面倒臭い気がする。

「ん…」

腕の中にいるものが身じろぎをしたのを感じて僕は目をそちらに落とした。

「起きた、?」
「周助…」

は薄目を開けて僕を見た。

「あれ…今、何時…?」
「もう10時過ぎてるよ。僕達、大分寝てたみたい。」
「んーあーあー…」

は欠伸をすると、上半身を起こそうとしたので僕は慌てて自分の腕をどけた。

「やべぇ…大遅刻じゃんよ。家にも帰ってねーし、国光に殺される。」
「いいじゃない。」

僕は言った。

「僕も面倒くさいし、2人でサボっちゃおうよ。」
「あー、周助が悪い子になってるー。」

はクスクスと可愛らしく笑って、起こした上半身をまた僕に預けた。

「ありがと、付き合ってくれて。」
「いいよ、僕はしたいようにしてるだけだから。」

僕は言っての髪を指で梳いた。
髪はサラサラと僕の指の隙間からこぼれていって、何だかはかない感じがする。

「周助ってさ。」
「ん?」
「一遍思い込んだら一筋って感じだよな。」
「そうかもしれないね。」

僕はを抱えたままボスッと布団の上に倒れこんだ。

、もうちょっと寝る?」
「うん。」

は猫みたいに体を小さく丸めた。

「周助は?どーすんの?」
「どうしてほしい?」

僕は問い返す。

「イジワル。」
「クスクス、君もね。」

僕は言って自分も目を閉じた。

そのまま僕らは、母さんに昼ご飯に呼ばれるまで2人して惰眠を貪った。

事情を理解して、そっとしておいてくれた家族に感謝したいと思う。


携帯電話の着信音がなったのは、遅めの昼ご飯を済ませた後の昼下がりだった。

は僕のベッドで昼寝と称してまたグースカと眠っている。
あれだけ寝たのにまだ眠いなんて、まだ昨日の疲れがとれていないのか、と思ったんだけど
どうやらこれは単に普段の習慣らしい。

僕は僕でまたその隣に陣取ってカメラ雑誌をめくっていたんだけど、音が聞こえた瞬間、
何の迷いもなく枕元の携帯電話を取った。

「もしもし。」
『…?! 何故の携帯に不二が出る?』
「!! 手塚?!」

僕はびっくりして思わず手の中の電話に目を落とす。

!!! これ、僕の携帯じゃない!

しまった。まさかが僕と同じ着信音を設定してたなんて…
だっての普段を考えると携帯電話にクラシック音楽を設定してるって誰が思うだろうか。

「御免、手塚。着信音が一緒だったから自分のと間違えたみたい。」
『それはいいんだが…お前がいる、ということはも近くにいるのか。』
「うん、昨日から僕のとこで預かってる。今昼寝してるよ。」
『お前のところに?では今日、2人とも学校にいなかったのは…』
「固いことはいいっこなしだよ、手塚。昨日はショックがひどくて目も当てられなかったんだもの。
放っておけるわけ、ないじゃない?」

手塚は沈黙した。
釈然としない、と言わんばかりの雰囲気を電話越しに漂わせてる。

『連絡してくれればこちらから迎えにいったのだが。』

やっとこさ、という感じで手塚はそう口にした。

「だって、そうそう持ってかれるのは嫌だからね。」
『!!??』
「手塚だってわかってるでしょ、僕らの関係?」
『それはそうだが…しかし…』
「大丈夫だよ、何もしてないから。」

僕は忍び笑いを禁じえなかった。
同い年の従兄弟に対してまるで妹を心配するお兄さんみたいになっている手塚が不思議な感じで。

『迷惑をかけたな。』
「いいよ、好きでやってるだけだから。明日にはちゃんと家に帰すよ。」
『すまない、恩に着る。』
「あ、そうだ。に替わろうか?」

意外にも手塚は、いや、いい、と僕の申し出を断った。

『どの道明日に言いたいことは言うつもりだ。それに今叩き起こしたら仕返しをされかねんのでな。』

…手塚、君も苦労してるんだね。

通信はそこで終了した。

「んがぁ〜」

横でが伸びをした。どうやら目が覚めたらしい。

「あんだぁ、電話かぁ〜?誰ぇ〜?」
「手塚だよ、君の携帯にかけてきてた。」
「あーそぉー…って何ぃっ?!

は素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。
目は完全に覚めたようだ。

「おいっちょっと待て!!お前、何勝手に人の電話に出てんだよ!?」

言って僕の襟首を掴んで前後にユサユサと揺さぶる。

「だって着信音が僕のと一緒だったから間違えちゃって。でももクラシックを着信音にするんだね。
てっきりアニメソングしか設定しないのかと思ってたよ。」
「そりゃぁおカタい国光用にはクラシックか演歌と決まってるからなって…話逸らすんじゃねぇっ!!!」

はガルルルルと獣みたいに顔をグイッと近づけた。

「さては国光が説教しに来るんだなっ?!そーなんだなっ?!」

そっちの心配なの???
何か違うよーな気が。

僕の内心の突っ込みなぞ知らないは1人盛り上がっていた。

「なんてこった、あいつの説教は最低2時間はかかるってのに!!こーしちゃいられねぇ、今すぐトンズラせねばっ!!」
「大丈夫だよ、。」

僕は言った。

「言いたいことは明日言うって。」
「どっちにしろ状況の悪さが変わるか、馬鹿野郎ーーーーーーーーーーーっ!!!」

は喚きに喚いてとうとう頭を抱えた。

これだけの元気があるなら、明日家に帰しても大丈夫そうだね。

、盛り上がってるとこ悪いけど。」
「盛り上がってねー!!」
「お茶、飲む?」
「飲む。」

あっさり言うの姿が何だか、小さい子がチョコンと座って喋っているみたいに見えた。

「じゃ、入れてくるから待っててね。」

僕は言って、を残し部屋を出た。

下に降りると、母さんがリビングで雑誌を読んでくつろいでいた。

「あら、周助。君はどう?」
「大分落ち着いたみたい。」
「そう、よかったわ。昨日は凄く元気がなかったもの。」

母さんは言って、ふうっとため息をつくと雑誌をパタンと閉じた。

「そういえば、君のところはご両親がいらっしゃらないのよね。」
「うん、そうだけど。」

僕が答えると母さんは膝の上に肘をつく。

「何だか不憫でしょうがないわ。落ち込んだ時はやっぱり本当の家族がいてくれた方がいいもの。」
「そうだよ…ね。」

僕は呟きながら自分の分との分の紅茶を入れにかかった。
湯を注がれた赤い葉が何ともいえない香りをたてる。

「切ないね。」

僕の呟きがポットから立ち上る湯気の中に溶けて消えていく気がした。

僕が入れた紅茶を盆に乗せて部屋に戻ると、はベッドから出て窓辺に立っていた。

「あれ、もう昼寝終わったの?」

からかうように僕の口調に、は特に反応することもなく只振り向いた。

「飽きた。寝るの。」
「じゃあ、カフェイン入りの飲み物でもオッケーだね。」
「何でもいい。サンキュー。」

は僕の持ってた盆からカップを取り上げた。
僕も自分の分を口に運ぶ。

「ちょっと苦くなっちゃったね。」
「いいじゃない。」

は微笑んだ。

「あったかいよ。」
「よかった。あ、そーいえばさっき何か見てたの?」
「んー?」

は紅茶をすすりながら目を横に動かした。

「あれ。」

その視線の先には窓辺に並ぶいくつかの鉢。

「周助んとこのサボちゃんズ見てた。さすが世話が行き届いてるな。」
「ありがとう。そーいや、のとこのはどう?」
「元気だよ。1号も2号も3号も4号もな。」
「あれ、増えてる?」
「ちょっち前にな。ちなみにリボンの飾り付だ。」

相変わらず凝ってるなー、と僕は思わずクスクス笑った。

「じゃあ今度写真撮らせてもらおうかな。」
「おう、来いよ。いー被写体だぜ。」

アハハハハハハハハ ギャハハハハハハハハ

紅茶のカップを片手に僕らはひとしきり笑いあった。


それから僕とは日の高い間中、馬鹿みたいにダラダラと過ごした。

僕の撮った写真をに見せたり、2人でトランプをしたり、が鞄にこっそり入れてるゲーム機
(手塚に見つかったら大目玉を食う、といつも隠すのに余念がない)で遊んだり、
そうかと思えば僕が揺り椅子に、はベッドに座って静かにレコードを聴いたりもした。

当たり前のことだけど普段サボりなんてしないから不思議な感じだった。

皆が学校に行っている時に僕らだけ違う時間を過ごしている、という感覚が面白いのかもしれない。

そもそも、時間ってこんなにゆっくり流れるものだったろうか。

「ねぇ、。」
「どうした、周助?」
「時間ってこんなにゆっくりだったけ?」
「どーだろうな。」

は言った。

「少なくとも、俺達の間に流れてるやつはゆっくりだといいけど。」

僕は揺り椅子に座り、いつの間にか膝の上にいるをキュッと抱いて、そうだね、と呟いた。


「帰るの?」

日がそろそろ傾きだした頃、ゴソゴソと身支度を整えだしたに僕は尋ねた。

「おう、昨日一晩中世話になったからな。」
「夕飯ぐらい食べていけばいいのに。母さんもの分用意するって言ってたよ?」
「いやー、それでなくてもご迷惑かけたのにこれ以上ってのはヤベェだろ。」
「遠慮するなんてらしくないよ。」
「おい。」

がジトーッと僕を白い目で見る。

「お前喧嘩売ってんのか、俺はいつだって遠慮深いぞ!!」

一昨日、英二のお弁当のおかずをちょろまかしていた人がそんなことを言っても説得力は皆無だと思う。
でも、言ったら多分怒るだろうな。面倒くさいから言わないでおこう。

「そっか、残念だな。」

僕はため息をついた。

「姉さんが昨日作ったラズベリーパイもご馳走しようと思ってたんだけど。」

の耳がピククッと反応したのが見えた。

「おっ、俺をもうちょっと手元に置きたいからって、そっ、そんな手にはのらねーぞ!!」
「そぉ?とってもおいしいんだけど。あ、それともは甘いもの苦手?
そんなハズないよね、あんな美味しいチーズケーキ作るくらいだもの。」
「う゛う゛っ!」

あ、効いてきた効いてきた。
もう後一押しだね。

「でもが嫌なら仕方ないなぁ、僕と裕太で食べるしかないね。」

僕が言って部屋を立ち去ろうとした時だ。

「待て、周助。」

いきなり両肩をガシッと掴まれた。

「俺を差し置いて由美子ねーさまの手作りを食うなんて許さねぇぞ、コラ。」
「じゃ、決まりだね。」

僕がニッコリ笑ってそう言うとはハッとした様な顔をした。

「はっ、嵌められたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

クスクスクスクス

を釣るには食べ物が一番だね、やっぱり。


で、は僕の家で夕飯を食べてから自分の家に帰ることになった。

当然、暗くなっていたから僕が家まで送っていく、と申し出たらは快く承諾した。

「いやはやマジで世話かけたな。ホント、感謝するぜ。」
「いいんだよ、何度も言ってるでしょ。好きでやってるだけだから。」
「相手が他のやつだったらどーするよ?」
「さあ?」

僕がはぐらかすとは出たな、黒周すん、と呟いた。

「でもだって僕が他の女の子の世話してたら穏やかじゃいられないでしょ?」
「さーどーだろな。」

はニヤッと笑った。

「俺はやきもちなんざ、あんまし焼かないタチなんでな。多分、ヘラヘラ笑って傍観してると思うぜ?」
「イジワルだね。」
「バーカ。それだけ信じてるってことだろーがよ。」

言われて僕は頬が高潮するのを感じた。
この場合不意打ちなんて反則だよ、

外灯の明かりが僕らを照らす。
だんだんの家が近づいてきた。

「ねぇ、。」

僕は呟いた。

「ん?」
「いきなりこう聞くのも何だけど、これからどーするの?」

沈黙が流れた。
少々タイミングの悪い質問だったかもしれない。

「…さーな。」

はちょっと間をおいて答えた。

「先のことなんざわからねぇよ。でも、この分だとテニス部にはいられねぇかもな。」

僕は言葉が出てこなかった。

「おいおい、んな顔するのは勘弁してくれよ。心配しなくても学校はやめねえさ。」
「本当に?」
「たりめーだ、また転校するなんて面倒くさいことしてられっかよ。
それでなくてもわざわざ神戸からこんな東京まで下ってきてんのに。」
「それって普通『上る』って言わない?」
「阿呆、関西人が上京つったら京都に行くことに決まってんだろ。歴史の古さがどだい違うぜ。」

まー確かに日本史を紐解けば関西の方が歴史が古いことは明らかだけど。
伊勢物語にも『東下り』ってあるぐらいだし。

「大丈夫。」

は囁いた。

「あたしだって周助と離れたくないから。」
「…うん。」

僕は肯いた。

そして、僕はが家の中に無事に入っていくのを見届けてから1人家に帰った。



「もーふっじー、ー、一体どーしてたのさぁ!!」

と一日サボったその次の日の朝練、僕は英二のこの一声に迎えられた。

「昨日2人とも休んでたから俺大変だったんだぞー!」
「大変ってどういう風に?」

僕が尋ねると英二は膨れっ面をした。

「3年6組のモテモテトリオが2人も休むなんてどゆことって女の子達に質問攻めだったの!!」

僕らはいつからそんな呼称がついたんだろうか。

てゆーか、僕をこのギャグ全開漫才コンビと一緒くたにされているというのはどうにも…

「おうおう、そいつぁ参った。人気者は辛いぜぇ〜。」
「笑い事じゃにゃいよー、ー。聞かれても困ること聞かれてえらい目に遭っちゃったんだし!!」
「だとよ、周助。」
「僕を巻き込まないでくれる…?頼むから。」

僕は言って着替えに掛かる。
横でもワイシャツを脱ぐ。

その下に着ていたのは今までの撃鉄中のレギュラーウェアではなく、リセットしたみたいに真っ白なTシャツだ。



「あんだ、周助?」
「ううん、何でもないよ。」

僕は首を横に振った。


「結局、はどうするつもりなのかな?」

僕は手塚に語りかけた。

昨日サボった罰としてと一緒にグランドを走らされた直後のことだ。

「身辺を整理してから本来の姿に戻るつもりだろう。」

手塚は言ってコートのに目を向ける。
僕もそれに習って、を見つめる。

はいつもと変わらない様に見えた。

でも、なまじ水面下で起こったことを知っている立場としては
何だか無理をしている気がして切ない。

の着ている真新しいTシャツがやけに眩しく見えた。

「戻るって言ってもそううまくいくのかな…」

当然のごとくわきあがってきた疑問を僕は口にした。

「確かに簡単なことではない。本人がまず精神的に克服しなければならないことが多いしな。
しかし、他に道はない。」

手塚は言って目を伏せた。

「とゆーことは…」

僕はちょっと考えてから言った。

のセーラー服姿が見られるんだね☆」

ドテッ

何と、あの手塚がずっこけた。
(よりによってカメラ持ってない時に。)

「不二!!」

ガバッと身を起こして手塚は僕を嗜める。

「何をふざけたことを!!」
「いいじゃない。」

僕は手塚の抗議を流した。

「どーせならポジティヴに捉えた方が。」

僕の意見に手塚は気を取り直したようだった。

「確かに。」

彼はそう呟いた。

「だがその前に、」
「何?」
「俺に黙って無断外泊をした件について言わせて貰わねばな。」

手塚…そんなこと言うから君はどこぞの父親かって言われるんだよ。

「やきもち?」

僕が尋ねると手塚は眉間に縦皺を寄せた。

「そういう冗談は好かないのだが?」
「御免。」

僕は言って白いTシャツの袖をはためかせるを見ながら、
この光景を見れるのも今日が最後だろうかとかなんとかボンヤリと考えた。

To be continued.


作者の後書き(戯言とも言う)

何だかだんだん何を書きたいのかわからんよーになっとう気が…
ともあれラストまであともうちょい!!気長にお待ちくださいませ(^_^)

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